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3回忌にて。

3月25日、母の3回忌を終えた。いつものような法事の雰囲気。どれもこれもがRoutineに感じた。しかし、父は特別な思いを抱いていたようだった。「ホッとしたよ」の一声。無事にこの日・この瞬間を迎えることができた安ど感からくる重い言葉だった。弟一家も遠隔地から駆け付け、父の頬と涙腺は、緩みっぱなしだった。法要の読経を終え、花を携えてお墓へと向かう。特に決まりのない順番で、祈りをささげた。何気ない一コマであるが、父にとっては違った瞬間だった。

卒業式シーズン到来

卒業式シーズンが到来した。答辞の際に、「自分の限界は自分で決めないでください。学校は自分がチャレンジできる場です。それが学校の存在意義です。」という頼もしいもの。涙腺が緩んでしまった。参列した他の卒業式では、お決まりの「旅立ちの日に」。なぜか関係もないのに、イントロで涙腺が緩んでしまった。綺麗な合唱曲だなと鑑賞する間もないほど、心が揺さぶられてしまう。式、というからには厳格であるべき、という考えをもつ人は多い。しかし、待った。緊張感のある式になれば、自然と卒業生はきびきびした動作をとるようになる。あの雰囲気の中で、自然と出るからこそ格好いいのかもしれない。思えば、緊張しすぎて、小学校の頃の卒業式で、自分の手前の友人がトイレに行く決心を逸してしまった。結果。。。。一生に一回しかない、晴れの卒業式。友人だって好んでそうなったわけでないだろうに。今日は、娘の大学の卒業式。なんとか浪人は免れ救ってくれた大学。4年間彼女なりに満足したと思う。同じような境遇の友人に恵まれたせいか、素直に今の自分を開示し、友人とも信頼関係を築いたに違いない。さらに彼女は4月から学問をまた始める。さらに研究という意欲にはあっぱれ。焦ることなかれ、ゆっくり進んで欲しい。ところで、弟は「卒業式」という言葉に反応しすぎ、卒業したはずの学校に。。。なんとか無事を確認。長い長い卒業式の一日。日本中のどこかでも、同じような個性的な卒業式が行われていることでしょう。なんとなく、卒業式は、いいものです。

3.11あれから6年。

あの日の揺れは、タダものではなかった。体がまだ覚えている、あの感覚。書類を会議室で整え、同僚が一人会議室に入ってきた瞬間。あの揺れが始まった。キャーと動揺する同僚を励まし、冷静になるように促す自分の手も震えていた。外を窓からみると、何もなかったように生徒がサッカーやラグビーや野球の部活動を行っている光景が目に入った。同時に、目の前に駐車していた車が波打っていた。恐ろしい光景だった。すぐさま職員室に戻り、校長室へ。あ・うんの呼吸で緊急校内放送。各HRに生徒を戻すとともに、下校出来る場合に限り下校させた。時間が経過するにつれて、状況がニュースなどで理解できた。まずい、ただ事でない、とわかった。全体の打ち合わせを行い、残れる職員が中心となり、一か所に集めた生徒たちの視聴覚室に、近くのスーパーでかき集めたパンを配給。しばらくは生徒たちは騒がしかったが、テレビの映像を教室に流した瞬間、教室は沈黙。時間だけが経過していく。福島の原発の事故のニュース報道も入る。携帯で家に電話するが、通じず。行列になった校内の公衆電話に並び、実家へ連絡。家族全員が無事であることを確認し、生徒の全員帰宅まで待機・対応。夜12時ころに最後の生徒が保護者とともに帰宅。気がつくと夜の1時。校長を自車に乗ってもらい、さいたま市の自宅まで送る。途中R463のすべての信号が停止。暗闇の中を車で走行した。無事に家まで送り届け、途中、お腹が減ったことに気づき、吉野家へ。ただいま、と妻に告げたのは夜の2時を過ぎていた。そんな3.11。それぞれの3.11。犠牲になられた方に改めて、合掌。

母の誕生日に想う

3月4日、84回目の母の誕生日が来た。今年も主人公不在の誕生日。今月末には3回忌で母を偲ぶことになっている。父と本日は墓参りを果たした。ちょうど一週間前に長男と二人で花を添えてきたので、新たに母が好きそうな派手なかわいいチューリップなどを購入して、花に華を添えてきた。思えば、生前最後の誕生日は病室だった。コ―ジ・コーナーで購入したショートケーキを1つ手に持ち、妻と娘と私と3人で母を囲んでお祝いをしたのは2年前だった。酸素吸入のマスクのゴムが頬にあとをつけながら、目は確かに私たち3人を見ていた。調子は良くはなかったが、ハッピーバースデーの歌を歌ったことが昨日のことのよう。ローソクはさすがに禁止されたが、ケーキを顔を横に置いて、娘が記念写真を撮った。他人が見れば、とても痛々しいような顔つきだったろうが、私たち4人にとっては、つかぬ間のホットするひと時だったような気がする。そのお祝いの日のちょうど一カ月後に母は旅立った。同じ病室の同じベッド、同じ家族に囲まれて。息子が最近体調がすぐれないので、母に健康回復のお願いをしてきた。「大丈夫、大丈夫」という母の呟きが聞こえたような気がした。父にそのことを告げると、何も言わなかった。聞こえていなかったのかもしれないが。今日は、雛祭りのアフター。雛祭りが来るたびに、同じことを思い出すのだろうか。